【日本のスキーを語る 連載35 志賀仁郎(Shiga Zin)】
地球温暖化進行に鈍感な日本人たち
※連載35は、単独掲載となります

いつも志賀さんが利用されている、横浜クイーンズイースト「魚力」にて |
◆イタリアのマドンナディカンピジオは開催権を放棄、フランスのヴァルディゼールもレースを延期
地球の温暖化は、確実に進行している。世界中のスキーをする人々は、直接その脅威を実感している。私はこの40年間、毎年冬はヨーロッパに暮し、スキーレースの取材をはじめスキーに関する情報に直接触れる生活をして来た。その私には、スキー場に降る雪が年々少なくなっていることが実感できている。かって11月下旬には開始されていたスキーワールドカップも、この10年の間に開催を困難視する雪不足に毎年見舞われているのである。イタリアのマドンナディカンピジオは長い間、ワールドカップの開幕第一戦目のスラローム開催地として知られた、スラロームの聖地であり、トエニ、ステンマルク、グロスといった名選手の記憶が残されたバーンだが、その聖地もここ10数年続いた暖冬のため、とうとう開催権を放棄してしまった。そしてイタリアから始まったワールドカップはフランスのヴァルディゼールに移り、GSの第一戦を戦うというのが伝統となっていたのだが、ヴァルディゼールもこの数年の雪不足に泣いて、レースを1月20日まで延期してしまったのである。

1月15日頃のオーストリアの新聞
キッツビューエルのコースにペリコプターで雪を撒いている様子。
このあと雪がつかないために滑降、スーパーGは中止となった。 |
◆今ヨーロッパに起きている暖冬異変の惨状
2007年ワールドカップは2006年11月12日フィンランドのレヴィでのSLで開幕され、11月25日からは、カナダのレイク・ルイーズに移ってDH、GSの第一戦を行い、続いてアメリカのビーバークリークでのSC,DH、GS,SLとなり、12月に入って12月5日オーストリアのライターアルムでのSPとなったのである。
天候異変のため12月中のレースの開催そのものが、極めて難しい状況になっているのだが、FIS(国際スキー連盟)の関係者は「いやー本格的な冬のシーズンに入る1月になればレースは出来るよ」と強気の予想を立て、クラシックシーズンとなるキッツビューエルのハーネンカムレース、ウェンゲンのラウバーホルンレースは従来の日程を崩さないとする姿勢を保ってきた。
ところが、今年の1月中旬のキッツビューエルには大会が近づいても1センチも雪が降らず、地元キッツビューエルの人々を慌てさせた。地元の人々にとって一年の最大の行事を失うことは考えられない。「何がなんでもコースに雪を張りつけろ」とする声に500台の大型ダンプをかり集めてグロースグルックナー氷河から雪を運び、その雪をヘリコプターでコース上に降らせて、大会に間に合わせようと必死であった。だがその努力も徒労に帰した。暖かい急斜面はどんなに雪を撒いても白くはならなかったのである。
開会式が予定されいた日の前夜「滑降、スーパーGは中止、わずかに白く残った運び込んだ雪で、1週間遅れてスラロームだけを行う」という決定が出た。
深い緑に囲まれたわずかに白いスラロームコースは、今ヨーロッパに起きている暖冬異変の惨状を世界中のスキーファンに送ることになった。お金持ちの村として有名だったキッツビューエルが、どのくらいの金額をこの雪のために支払ったのかは私は知らない。だがキッツビューエルの村の人達にどれくらいのダメージを与えたかを考えると胸が痛む。
続く1月21日は次のクラシックレース、ウェンゲンのラウバーホルンレースだが、そのレースも暖気にゆるんだ滑降コースは水たまりがあちこちに出来、岩や石がコース上にあって極めて危険なものとなった。レースは季節はずれの雨の中で強行されたが、ヨーロッパの人々は、アイガー、ユングフラウをバックに美しいベルナーオーバーランドの風景の中を行く勇者たちの姿を思い描いていたはずなのに、無惨なレースを見ることとなった。

1月15日頃のオーストリアの新聞
キッツビューエルのコースにペリコプターで雪を撒いている様子。
このあと雪がつかないために滑降、スーパーGは中止となった。 |
◆ヨーロッパのスキーシーンは、標高の高いところに移っていっている
冬の花形スポーツは、地球温暖化現象の進行により今、かなり危ない状況に追い込まれている。
私がヨーロッパにおける取材基地にしているオーストリアのホッホグーグルは標高2400メートルの氷河の上にある。そんな高所にも地球温暖化の波は押し寄せている。今シーズンいつもなら11月初めから降り始める雪が11月を過ぎ、12月に入っても、1,2回降っただけである。クリスマス前の地元の新聞に12月に入っても雪が降らなかった年は1927年以来と書かれていた。何とここで雪が降り続いたのは、年が明けて1月中旬になってからである。ヨーロッパの新聞はそれを取り上げて、ヨーロッパで気象観測が始まって初めてのことと報じていた、
このホッホグーグルは、45年前にオーストリアスキーチームの夏の雪上トレーニングの拠点として開発されたスキー場だが、年と共に人気を集め、高級なホテルも建てられて今ではヨーロッパでいちばん人気のあるスキー場となったのだが、新しいホテルを含めて6軒あるホテルは今では全て超大金持ちのお客しか泊めない超高級リゾートとなっているのである。
そのお金持ちのお客のために、どんな寒気にも耐えられる、キャビンリフトをつけ、何とこの高所で、標高3000メートルを越えるところまで人工降雪機を設置して、コースコンディションを保っているのである。金持ちのお年寄りたちは、「いつ行っても、どこのスキー場にも雪がないという時でもここだけは快適に滑れるということがいいね」と語る。ヨーロッパのスキーシーンは、標高の高いところに移っていっている。

新聞切抜きから 6月8日G8を報じる(朝日新聞)
7月にはライブ・アースも行われた(東京新聞、フジサンケイビジネスアイ) |
◆6月7日、ドイツの北、ハイリゲンダムで行われた主要国首脳会議(G8サミット)の決議
オーストリアでは、ホッホグーグル、その下にあるゾールデンではケーブルカーで行ける、より高いホッホゾールデン、そしてヒンタートックス、キッツシュタインホルンといった氷河のスキー場が人気スキー場になっている。
ドイツでも、今スキー場といっていいのはドイツ最高峰ツーグ・スピッツェの氷河の上であり、スイスでは標高の高いツェルマット氷河といったところに人気が集中しているのである。
「もうスキーはできなくなる」そうした危機感はヨーロッパのスキーヤーの常識になってしまった。
6月7日、ドイツの北、ハイリゲンダムで行われた主要国首脳会議(G8サミット)は、地球温暖化への対応とした宣言を発表して終わった。「今さら何を」といった思いが深いのだが、世界の温室効果ガス排出量を2050年までに半減させるとする合意は、大いに歓迎しなくてはならないだろう。
”今頃、もうおそいよ!!” といった感はあるのだが、その宣言が実行されたら、もう少しスキーのできる環境が長びくだろうといった安堵を感じるのだが。「もうおそいよ」といった怒りを覚えるのも確かなのである。
これから先、人類が生き続けるために今何をしなければならないのか。それは、G8の宣言に示された通りであり、その宣言の内容にアメリカ、中国といった温室ガスの最大の発生国が同意を示していることは地球、人類の将来のために大きな意味を持っているとは思う。しかし、スキーというスポーツを愛好している私は、このG8の決議があまりにも遅すぎたと思うのである。

SAJもI LOVE SNOWキャンペーンで温暖化防止を訴えています(44技選閉会式にて)
「温暖化がすすむと、ぜったいに消えるスポーツがある」 |
◆「昔、冬に白い雪というものが降り、スキーという楽しい遊びができた」と孫たちに語る時代が?
あと何年スキーができるのか、それはわれわれスキー愛好家にとって切実な問題である。2050年までに温室ガス半減したとして、果たしてその時、雪は降っているだろうか。
「昔ねー、オジイチャンたちが若かった頃には冬になると雪という白いものが空から降って来て、その雪の上でスキーという楽しい遊びができたんだよ」と孫たちに語る時代になっているのではなかろうか。
思い返してみると1968年アスペンの第8回インタースキーの時、スウェーデンかフィンランドかの学者が、地球温暖化現象が進んでいると報告、このまま温室ガスが増え続ければ10年、20年先にはスキーというスポーツが出来なくなると警告を発していた。その当時、多くの人々には、「そんな大袈裟な」といった思いがあったはず。
私も5,6年前までは、スキーができなくなることは想像していなかった。しかし、昨シーズンの深刻な状況を見ると、あと10年か、50年先には無理だろうなと考える様になった。
京都議定書への調印を拒否したアメリカも今回のG8の合意に同意したということは、あの大国にも地球温暖化の危機が目に見える形となって迫っているということではなかろうか。
アメリカのお金持ちの老人達が感じているスキースポーツへの危機感が政治の世界を動かしたのではないか、なんて勝手な想像をしているのである。

SAJもI LOVE SNOWキャンペーンの横断幕
「温暖化がすすむと、ぜったいに消えるスポーツがある」 |
◆スキーが出来る氷河のスキー場のホテルを血眼になって探している
2050年までに温室効果ガスを半減させる、というG8の合意は果たして今の温暖化現象を止めることができるだろうか。
私には、それはもう遅いと考えているのである。昨シーズン、ドイツのスキー場は全て経営が成り立たなくなってしまった。かって、ドイツの人々は、南ドイツのシュバルツバルドのスキー場でスキーを楽しんでいたのだが、黒い森と呼ばれたその地方で、森が枯れ、緑は失われているのである。この黒い森はドイツの人々の誇りであった。それが、第2次世界大戦で、連合軍とドイツ軍が激しい地上戦を展開、森は焼きつくされた。その森を再生する大規模な植林が行われ緑は徐々に回復していた。その植林に選ばれた苗木はほどんどが杉であったという。成長の早い杉は、勢い良く緑を広げていったのである。ところが10年ほど前から酸性雨が深刻となり、育った杉が、その酸性雨によって枯れるという事態が生じていた。
そして、この数年間にかなりの数の杉が枯れ無惨な姿をさらす様になった。地元ドイツの人々は今、杉に変わる強い木をさがし、ツゲやケヤキを植えている。ドイツの人々のシュバルツバルドへの深い思いを見るのである。
ガルミッシュから有名なノイシュバインシュタインの古城を見ながらフッセンを通ってスイスに至る、かって欝蒼たる緑の暗い道は、左右に黄色い枯れ木にかこまれた道になった。
そのシュバルツバルド周辺にあったスキー場には、全く雪はなく、どのスキー場も営業ができないという状況になっているのである。ドイツの金持ちオジーサン、オバーサン達はそのシュバルツバルドを見限って、僅か10分か20分で国境が越えられるオーストリアに殺到した。
オーストリアには、まだ雪があったのである。しかし、来年、再来年にオーストリアに雪が降るのか、それは夢でしかない。
ヨーロッパのスキー場は、より高いところにその中心を移し、かろうじて、まだスキーの出来る環境を残している。シュバルツバルドを見限ってオーストリアに移動したドイツの金持ち達も、来シーズン、スキーができるであろう氷河のスキー場のホテルを血眼になってリザーブを試みている
◆スキースポーツの衰退は日本にも必ず訪れるのだが、楽観的な日本人たち
さて、そうした状況は、日本にも到来すると考えていい。 ホッホグーグルとほぼ同じ高さにある、立山の室堂や雷鳥池のあたりに、ホテルが建ち、雷鳥沢にリフト、ゴンドラが架設されるという状況が果たして日本に出現するだろうか。サハリンに新しいスキー場が開発されて、日本人スキーヤーがそこに殺到するという事態は想像できるだろうか。
ヨーロッパに進行するスキースポーツの衰退は日本にも必ず訪れると考えるのが現実的なのである。日本に帰ってきてから多くのスキー関係者と話し合う機会をたくさん持った。「いやー今年の暖冬には参りました。」ほとんどの人はそう語った。しかしその席で私は、かなり意外と思える話も聞いた。「いやーそんなに早く雪が降らなくなるなんて、思い過ごしでしょう」「昔からあった雪がいくら地球が温暖化しているといっても、そう簡単にはなくなりませんよ」といった極めて楽観的な言葉が返って来るのである。
日本のスキー界は今シーズン記録的な暖冬に見舞われた。上越の苗場スキー場で開催された第44回全日本スキー技術選手権大会は開催直前まで雪不足で心配されたが、開催直前に雪が降り始めて、関係者は、ホッと胸をなで下ろしたことだろう。
八方尾根に雪がない。「一応スキーは滑れるけど、こんな冬が続いたら、八方もスキー客を呼ぶよりゴルフ客を呼ぶことを考えなくちゃー」と八方の友人は語っているのだが。
まだまだ切実な話とは受け止めている様子はない。「もし雪がなくなったとしてその時は別のスポーツを探しますよ」と言うのである。
◆速度無制限といわれていたアウトバーンにも、最高速度120キロという標示
100年振りと言われる暖冬がこれからも続くとすれば、日本のスキーは壊滅する。暖冬とか猛暑が話題になるとき、日本ではエルニーニョ現象と言う説明が必ずつく。さて、暖冬はそれだけの理由で起きているのだろうか。「地球温暖化」 ヨーロッパでは車社会を見直さなければ、このまま行くと地球の温暖化、平均気温の上昇が続き、スキーができなくなるよりも人間が住めなくなると心配されているのである。
ヨーロッパの人々は今真剣に車社会の見直しに取り組んでいる。週一回はNoCarDayにするといった試みがそれなのだが、より積極的に、石油を使わない車の開発や、自然の力を利用する風力発電、水力発電の見直し、そして、危険を伴わない原子力の利用といった方向へ研究を進めているのである。
それは既に第3次産業革命と呼んでいい状況にある。日本の若者たちが、ガソリンを大きく消費する高速車に血道を上げている、といった状況は、ヨーロッパでは過去のものとなっている。ガソリンスタンドに電気自動車のための充電スタンドが設けられているというのも時代の流れを映しているといえるだろう。
速度無制限といわれていたアウトバーンに、最高速度120キロという標示が出るようになったのも地球温暖化にヨーロッパの人々も敏感になった証拠と言えるだろう。
「速さは美しい」としたヨーロッパの車文化は大きく変わろうとしている。二酸化炭素の排出をおさえた車の開発、「きれいな空気で走ろう」それが車社会の新しい常識となっているのである。
◆日本人の人生観 ”時の流れに身を任せ” はかなり危ない
日本は西側の隣国に二酸化炭素の世界最大の排出国中国をひかえている。中国が経済発展を続けている限り日本に降り注ぐ酸性雨、二酸化炭素の被害は増え続けている。日本列島はたまたま東が太平洋に面しているために、そうした被害は、今は極めて小規模のものとなっているのだが、このまま中国の経済活動が続く限り、その影響は無視できない状況になるであろうことは想像できるのある。
安い衣料品、安い家庭用品に喜んでばかりはいられない。日本人ほど、社会の流れに鈍感な民族はいないと私は思っているのだが、日本人の人生観 ”時の流れに身を任せ” といった達観は、スキーというスポーツを考えるとき、かなり危ないよ!と言いたいのだが。
以上
[07.7.30付 上田英之] |